シンプルなものこそ違いが出る。
カカオと砂糖だけの板チョコレート
ひとくち食べて、シャリシャリとした食感に驚く。すぐさま口の中に広がるのは、今まで味わったことのない異国のビターな甘みと酸味。いただいたのはタイ産のカカオ豆を使用した「タイ/ランパーン72%(ココナッツシュガー)」。
「お客様に人気があるのはインドネシア産ですが、独特の風味が楽しめるタイ産もおすすめです。タイではカカオ豆の生産が始まったばかりなので、日本で出会えるのは貴重かもしれません」
こう話すのは、道内でも数少ないBean to Barチョコレート専門店「Wolves tracks small batch chocolate(ウルブズトラックス スモールバッチ チョコレート)」を営む土村尚貴(つちむら なおたか)さん。
「カカオ豆に合わせるのは沖縄の多良間黒糖かインドネシアのココナッツシュガーのみ。カカオそのものの味がすでに完成されているので、私はより食べやすいように手を加えているだけです」
現在取り扱っているカカオ豆はタイ、ベトナム、インドネシアの3か国。あらゆる土地のカカオ豆を試した中で、アジア圏の豆が日本人には合うと感じたそうです。産地は3つでも収穫地はさまざま。少し距離があるだけで味はまったく別物になります。ただし一貫しているのは“生産者の顔がわからないものは使わない”こと。インターネットで現地にいる日本人を探し、カカオ農家とのパイプ役や仕入れの協力をお願いしているといいます。ベトナムに移住して農業をしている人や、インドネシアとタイでカカオ豆の栽培協力をしている人など興味深い交友関係を築いています。
北海道の素材を使う予定はないですか?と聞いてみたところ、「富良野にとてもおいしい蜂蜜があって…」と話し始めた土村さん。チョコレートは水分をできるだけ排除しながら加工しなければならないため、蜂蜜のような液糖は本来向いていません。そこで土村さんが試作を始めたのは瓶詰のスプレッド。これなら蜂蜜の良さを生かすことができ、通販にも対応できる商品になるとのこと。まだ硬いですが、と差し出されたスプレッドをいただくと、濃厚で香り高い蜂蜜の甘さとカカオの苦味の調和が楽しく、試作品とは思えないほどの仕上がりに驚きました。その様子を見ながら「最初に食べたとき、こんな蜂蜜あるの?と思うくらい衝撃を受けたんです。蜂蜜を使うアイデアは前から頭にありましたが、使うべきはこれだと思って作っています」と自信をのぞかせます。
販売しているチョコレートは70gと5gの2タイプ、常時10種類ほどが店頭に並んでいますが、取材当日に目にしたのはたった数枚並んだ商品棚。なんと取材2日前にほぼ全商品が売り切れてしまったそうで、しばらくは製造に集中する期間となります。
「1つのチョコレートが完成するまでにトータル2カ月ほどかけています。産地ごとに時期を多少ずらしていますが、季節や気温の変化に影響を受けやすく、6月7月は作りづらかったりしますね」
何より大変なのは温度調整、いわゆるテンパリング。熱をかけすぎると分離してしまうので、ゆっくり時間をかけて、1kgあたり0.2度の誤差を調整していくといいます。一回で成功することもあれば、失敗続きで大量のカカオが無駄になってしまうことも。
「昨日と今日でまったく同じことをしてもダメなときはあります。チョコレートはとても敏感。その日の状態で夏の到来を感じたりするほどです」
自衛官から異例の転身。
戦闘機の整備とチョコ作りに通ずるもの
そもそもチョコレート製造を始めたきっかけは何か。実は2016年の夏まで航空自衛隊に勤務していた土村さん。18歳で地元旭川を出て、戦闘機の整備士として29年間、全国各地を回りながら活躍してきました。それぞれの土地の食や習慣の違いにふれていく中で、20歳頃から漠然と考えていた“いつかは自分が心底好きだと思えるもの、新しいものを生み出したい”という思いが日に日に強くなったといいます。
当初は退職直前の勤務地だった沖縄で新規事業を立ち上げる予定でしたが、道半ばで断念。海外移住を考えるも“意外と北海道のことを知らないかも。地元で何か始められないか”と帰郷を決意しました。
チョコレート作りはすべて独学。
「整備における金属加工とチョコレート製造は似ています。断片的な情報を頭に入れるだけで、自然と三次元のイメージが浮かび上がるんです。自分にはできると確信して始めました」
インターネットや動画サイトで他の人の作り方は見るものの、それはあくまで“念のため知っておく”程度。参考にはしないといい、「新しいことを始めるなら何も知らないほうが強みになる」とキッパリ。あくまで自己流を追求する土村さんは、驚くことに店舗もセルフビルドし、家具や照明も自作という徹底ぶり。さらに当初デザイナーに発注していたパッケージデザインも、スピード感を大事にしようと自分で手がけることに。どうしてそこまでこだわることができるのでしょうか?
「本当に欲しいものって、売ってないんですよね」。あっけらかんと、しかし力強く答えます。
「Wolves tracks」、直訳すると「狼の痕跡」という少し変わった店名についても聞いてみました。
「特長を持たせるために動物にかかわる店名にしたいと考える中で、北海道にはエゾオオカミがいたじゃないかと。ところが北海道大学の剥製でしかほぼ知ることができない。それはさみしいなと思いました」と話し、続けて「この地に足跡を残したいという思いも込めました」と教えてくれました。
2019年7月のオープン以来、イベントの出店依頼やメディア取材が絶えない同店。とはいえBean to Barに馴染みがない方はまだまだ多く、お客様の反応も十人十色だそう。「人によって好きな味、苦手な味があるのは当たり前。ご自身でいろいろ試して、好みのチョコレートを見つけてもらえたら」と土村さんは笑います。
インタビュー中、土村さんが何度も口にしていた言葉「素人なので」。最後にその意図を尋ねてみました。
「お客様からすると、プロといえば資格を持っている人や専門の学校を卒業している人。でも私はそうではありません。それに、いくらプロが作ろうとも評価するのはお客様、つまり素人です。常にそちら側の目線で作らないといけないと思っています」
こだわりが強いからといって頑固なわけではない。自分の思いを無理に押し通すわけでもない。けれどチョコレート作りに妥協はない。終始穏やかな声で話しながらも、確固たる意思と自信を持ってものづくりに挑む土村さんのチョコレート。ぜひ味わってみてはいかがでしょうか。
※現在オンラインで購入できるのはTOIRO THE GIFTのオンラインショップのみ。
TEL 080-4511-7392(代表)
JR富良野駅から車で約20分
営業時間
夏季 10時〜19時
冬季 10時〜日没
定休日 不定休、製造のため閉店する場合も有