2004年、十勝に根付く印刷会社(当時)から発行された、北海道に生きる人たちが北海道に住む人たちのために作り始めた雑誌です。「足元の豊かさに光を当てながら、わくわく北海道をつくります」という理念を掲げ今年で19年目を迎えたスロウは、雑誌を軸に、スロウ日和というウェブメディアや、スロウで紹介した作家の作品が購入できる通販サイトや実店舗、イベント、ツアーなど、様々な形で展開されています。
今回、雑誌スロウで紹介された作家が出店する年に1回の一大イベント「スロウ村の仲間たち」を訪ねました。
共感者が一堂に会する、特別な2日間。
『northern styleスロウ』は、2004年の創刊後、多くの共感者を増やしていきました。
「スロウに共感してくれている読者、作り手、編集者が一堂に会すことができれば、どんなに素敵だろうか」という思いから、2013年に「スロウ村の仲間たち」が開催されたそうです。
初回は、小さな公民館で行われ、出店者も20店舗ほど。「学校祭みたいだね」と出店者から言われるほどこぢんまりしたイベントだったそうです。それが、2023年はなんと90店舗が出店!来場者もたくさん訪れ、「スロウ村の仲間たち」に合わせて十勝に旅行に来る人もいるほど、大きな規模になっています。
今年の「スロウ村の仲間たち」は、芽室町のめむろ新嵐山スカイパークで行われました。会場に入ると、マーケットゾーンが広がります。出店者ブースだけでなく、紅葉が始まった木々の間を子供たちが元気に走り周る姿や、山の斜面で牛たちがくつろいでいる姿が目に入ってきました。
「スロウ村の仲間たち」には、全道各地から様々な個性をもった出店者が集まります。スロウに掲載された方しか出展できないこのイベントは、まるで雑誌の世界に飛び込んだような、温かな雰囲気で包まれていました。
雑誌で見かけた作品を実際に手に取り、作家と直接話すことができるのは、イベントならでは。たまたま立ち寄ったブースで、商品を購入されたお客さまから「これかわいいわよね、買ったほうがいいわよ!」とおすすめされたりしました。
少し歩くと、フードゾーンが広がります。フードゾーンでは、広大な草原にシートを広げ、デイキャンプを楽しむ参加者もたくさんいました。
見過ごされている素晴らしさに、光を当てる
そんな賑わいを横目に、『northern styleスロウ』の編集長を務める片山静香さんにお話を伺いました。
スロウが創刊した当時は、出版会社が東京に集中しており、例え北海道のことを紹介する雑誌であっても、東京の会社が作成するというような状況でした。地元のことを一番わかっているのはその土地に住んでいる人だと強い意志を持ち、スロウを創刊したのは初代編集長。北海道の人が、北海道の人のために作りはじめたのが、『northern styleスロウ』だったのです。
見過ごされがちな豊かさに目を向ける
スロウは「足元の豊かさに光を当てながら、わくわく北海道をつくります」という理念を掲げています。その理念を聞くと、北海道に住む私たちに対して「とても素敵で尊いものがたくさんあるのに、当たり前に傍にあるから見過ごしていませんか?」と問いかけられているようで、ドキッとしてしまいます。
「北海道の畑の風景はきれいですよね。その畑では何が作られてるのか?どんな工夫や苦労があるのか?美しい畑の風景には、一次生産者の営みがあるんです。パッと見ただけでは分からないことが、深掘りすることでもっと好きになれるし、もっと考えるきっかけになると思うんです。それを、丁寧に伝えていこうとしています」と片山さん。
スロウ編集部の皆さんは、とにかく取材が長いそう。場合によっては、1回で終わらせず、何日も何度も通うことがあるそうです。誌面の記事も長く、「どうしても伝えたい!」という編集部の気持ちが伝わってきます。
「紹介している取材対象の方は私達が本当に好きな方なんです」と話す片山さんの表情からは、スロウとこれまで取材されてきた方々への愛が伝わってきます。
スロウのこだわりをお聞きしました。
片山さんは「不特定多数の人には届けようと思っていないです」と答えます。「ニッチなジャンルではあると認識していますが、確実に私達がいいと思っているものを届け続けることで、魅力に感じ、そこへ足を運んでくれる読者が絶対にいると思っています」
スロウの理念に共感している人に集まってもらいたいという思いがあり、「スロウ村の仲間たち」の出店者は、スロウに掲載された方々へのみに声かけしているそうです。
そうやって、出店する側だけでなく参加者も、理念に共感した人たちが集うイベントになっていったのですね。
「今後も、雑誌は普遍的な魅力や豊かさを、変わらず紹介していきたいと思っています。いい意味で変えないつもりです。ただ、発信のスタイルは、イベントやウェブだったり、SNS、動画などチャンネルが増えています。どうやったらスロウの理念と作り手を、広く届けられるか改善していきたいですね」
「あの場所で暮らすあの人」に会いにいく旅
2018年、スロウは、体験型ツアーの企画・運営を行う「Slow Travel HOKKAIDO」をスタートさせます。雑誌『northern styleスロウ』で紹介してきたような、北海道にある足元の豊かさに実際に触れ、感じられるツアーを展開しています。
北海道が大好きで、生まれ育った大阪から移り住み、ツアーの発掘に力を注ぐ湯川大輔さんにお話を伺いました。
「暮らすように旅をしてほしいです」と、ツアーを語る湯川さん。出会う人の熱意を直接受け取れる旅を企画している「Slow Travel HOKKAIDO」は、まさに、雑誌スロウの中に飛び込んだかのような体験ができます。
「例えば、代表的なツアーの一つに『おいしいチーズの生まれるところ』という、足寄町のありがとう牧場としあわせチーズ工房を訪問するプログラムがあります。旅行者の多くは、ありがとう牧場で体験できるチーズ造りを目的に参加されますが、ツアーを終えた後の感想は『生産者や職人さんの話が良かった』『いい話が聞けた』に変わるんです。ツアーでの出会いが、旅行者の暮らしのスパイスやヒントになればいいなと思っています」
実は湯川さん、北海道に来てから価値観がガラリと変わったとのこと。「それまでは、バーゲンで安くブランド品を買って満足していましたが、この仕事を始め、これまでとは違う豊かさを感じられるようになりました」ブランドの名前だけで判断するのではなく、ブランドの奥にある背景のストーリーに深く向き合えるようになったそうです。
足元の豊かさに光を当て、旅行者との橋渡しを
「Slow Travel HOKKAIDO」がスタートした直後、湯川さんは、北海道中に足を運び、その土地に住んでいる人に「好きな場所を教えてください」「子供の頃はどんなところで遊んでいたんですか?」と取材をし、ツアー企画を作ってきたそうです。「やっぱり、そこに住んでいる人には敵わないですから」という湯川さん。そうやって作ってきたツアーに参加した旅行者の声は、地元の人に意識的にフィードバックしているそうです。「ポジティブな内容は『え、いいの?そうかい?』と、喜んでくれます。」地元の人にとって、気にも留めていなかった魅力や価値に目を向ける機会となりました。湯川さんは、ツアーを通じて、地元の人と旅行者の橋渡しをしているようです。
「ツアーも、生産者や作家を紹介する情報発信の手段だと思っています。雑誌で伝えたかったことを、直に触れて、話をして、旅行者がダイレクトに感じてもらう一つの方法が、私たちが提供するツアーです。ツアーを通じて、『スロウ村の仲間たち』のように、旅行者と生産者や作家を繋げて顔が見える状態にしたいですね」
「今後は、インバウンドも強化していきたいです」と、湯川さん。2023年9月には、北海道にて「アドベンチャートラベル・ワールドサミット北海道・日本(ATWS2023)」が開催されるなど、世界的に、アドベンチャーツーリズム(AT)が注目されています。
ATは、自然、アクティビティ、歴史文化のうち2つを含んでいるツアーのこと。日本のオリジナリティを出していくには、日本の歴史文化をしっかり打ち出してツアーを作っていく必要があると言われています。
「ATの流れを組むと、今後は、物語や背景を深掘りしていくツアーを企画する必要がありますが、それはまさにスロウでやってきたことなんです。まさにスロウはATそのものですし、北海道でのツアーは欧米にも広めていけるほど価値のあるコンテンツだと思います」
2008年のスタートから、着実に共感者を増やしていった「Slow Travel HOKKAIDO」。見過ごされていた足元の豊かさを丁寧に取材し続けてきたスロウだからこそ、できることなのかもしれません。
十勝エリアの旅行でおすすめしたいこと
お二人に、十勝エリアへ旅行に来る方におすすめしたい、滞在スタイルやポイントについてお聞きしました。
「十勝といえば『食』」と口を揃えて答えたお二人。
片山さんは、「十勝には、美味しいものがたくさんありますが、人が1日に食べられる量って限界がありますよね。だから、長く滞在して、たくさん食べてもらいたいですね。」とのこと。美味しいお店に出会うためには、地元の方におすすめのお店を聞くのが一番だそうです。
湯川さんは、十勝に移住して一番衝撃だったのは、とうもろこしの甘みや、アスパラのみずみずしさなどの「野菜の美味しさ」だったそうです。「美味しい野菜をどういう手間をかけて作っているのか、それを知ることができるのも旅の価値だと思うので、十勝に来る際はぜひ農作業を体験してほしいです」と話します。
海・山・川・畑が揃っている十勝ならではですね。今度は、「Slow Travel HOKKAIDO」のツアーに参加したいです。
TEL 080-9614-8303(直通)
JR帯広駅から70大空団地線バスで約13分、「西15条1丁目」下車徒歩4分
営業時間 4月~10月…10:00~18:00(火・水定休)
11月~3月…10:00~17:00(火・水定休)