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おうちで旅する信州
人と地球を繋ぐ“手前味噌”

The story of SHINSHU MISO

“手前味噌”の本当の意味を知っていますか?
ステイホームで発酵食品などを使った手づくり料理が注目される昨今、古来日本の暮らしとともにあった味噌や醤油の原点を知る旅へ。
信州の小さな味噌蔵を訪ねました。

地球とつながる味噌

今回の旅の目的地は、国宝・善光寺門前の老舗蔵「三原屋」。

「もとは米を売る米穀商で、味噌は自家用に作っていたのですが、1847年の弘化善光寺地震の際に自家醸造の味噌と醤油を災害支援に供出したことが始まりかもしれません

と、教えてくれたのは、三原屋6代目の河原清隆さん。100年ほど前に味噌醤油醸造を専業とした三原屋。現在は、先代が始めた湯煎殺菌の麺つゆを主力に、全国各地の食通から注文が来るという知る人ぞ知る味噌蔵だ。

三原屋6代目の河原清隆さん

“手前味噌”は経口ワクチン!?

三原屋の味噌の一番の売りは、家庭で熟成させる「仕込みそ」。13月ごろに味噌蔵で寒仕込みした味噌を、特別仕様の段ボール容器に仕込んで家庭で半年ほど待つ。置いておくだけで秋には食べごろを迎えるという、画期的な季節限定の商品だ。

春先に全国発送される家庭用仕込みそ。開封せずに常温保存し、10月ごろから食べられる。

「現在、仕込みそを販売している蔵は国内でも少数派になりました。これを今日でもつくり続けられるのは、発酵食文化が根付いている長野県ならではだと思います」

海から遠く、塩が貴重だった長野県では、各家庭で味噌を仕込み、味噌にした状態で塩を保蔵する食文化が発達した。食塩保存のための発酵食文化は今も色濃く残り、各家庭で漬物を漬ける家も珍しくない。

「古来、味噌買う家に蔵は建たぬといわれたように、もともと味噌というのは赤の他人から買うものでなく、向こう三軒両隣が協力して桶に仕込んだものを、持ち帰って各家庭で熟成させて食べるものでした。同じように仕込んでも全く風味が違う“手前味噌”ができるんですよ。それは味噌が生きていて周囲の環境とつながっている証拠なんです」

室町時代には善光寺門前の花街として栄えた善光寺西界隈。現在も旧櫻小路沿いには呉服屋、和菓子屋など商店が点在する。

味噌が“周囲の環境とつながっているとは、どういう意味だろう?

「家の玄関に入ると、その家特有の匂いってありますよね。それは家に棲みついている微生物が醸す香りです。昔ながらの味噌には、微生物が生きているから、家庭ごとに違う味になるんです。昔から味噌で医者要らずといわれたように、手前味噌は経口ワクチンみたいなもので、私たちの体(身)と環境(土)は食(微生物)を介してつながっていたのだと思うんです」

三原屋で2年寝かせた仕込みそ。白いものはチロシンと呼ばれるアミノ酸の一種で、味噌の旨味をより濃厚にしている。

研究者としての経験を生かして

発言の端々に教養の深さが窺える河原さんは、元製薬会社の研究者。そもそも家業を継ぐつもりはなく、抗がん剤生産のための研究や、乳酸菌を用いた栄養剤の開発などに携わっていたという。そんな河原さんが味噌蔵に戻ったきっかけは何だったのだろうか。

「親父が高齢になり代替わりが必要だったという理由もありますが、嚥下障害のある高齢者向けの食品や栄養剤の開発に携わっていたとき、一緒に仕事をしていた医師から聞いた元気になる患者さんというのは、家族からの差し入れを食べて回復して退院していくものだという一言が気づきの原点にあります」

それまで、栄養学的に優れ、いつどこで封を切っても同一品質で、無菌状態で保存ができる「工業製品」が食の安全安心の理想だと信じて疑わなかったものの、その医師の言葉は、河原さんに大きな疑問を投げかけた。

「人類は手づくり料理を食べて、その刺激で腸内にいる100兆個もの腸内細菌を働かせて、免疫機能を維持してきました。特に、家庭で作られた料理はいろいろな微生物が含まれるので、免疫細胞がよく働きますが、手づくりとは対極にある流動食では免疫が機能しづらいらしいのです。そのことに気づいて以来、免疫機能を維持できる手づくり品質の流動食ができないだろうか、というようなことを考えるようになりました」

結果として、一時は時代遅れだと思って敬遠していた手づくりの原点ともいえる味噌と醤油醸造の現場に戻った河原さん。

「せめて、味噌ぐらいは地球とつながったものを食べるのがいいんじゃないか、味噌と醤油づくりを通じて身土不二のメッセージを送れたら、という思いが強くなりました」

地球とつながり生かされている。

身土不二とは、身近な場所で採れた旬の食材を食べることが健康に良いとする食養思想。とはいえ、その本質は別の所にあるという。

原料はなるべく地元のものを使いますが、絶対ではありません。むしろ、微生物やウイルスなどを介して、私たちは地球とつながり生かされている、という気づきこそが大切だと思うのです。ですから、こだわるのであれば、その時々の微生物の個性を生かすこと。味噌や醤油の出来ばえは清酒に比べて、職人が関与する余地が大きいので、微生物の働きに影響を及ぼす技術的な部分に誇りをもってつくっています

先代(昭和30年代)当時の味噌仕込み。現在もその精神は受け継がれている(提供写真)

三原屋は、家族経営の小さな味噌蔵。県内の大手味噌蔵に比べると生産規模も数千分の一と、桁違いに小さい。それだけに、一人ひとりの顧客に届ける味噌の仕込みには余念がない。

仕込むサイズが小さくなればなるほど空気に触れる表面積が増えるので、周囲の環境にいる微生物の影響を受けやすくなり、味噌がおいしくなるのだ。

より手軽に仕込みそを楽しんでもらおうと、小さなパッケージの商品も販売している

取材の最後、河原さんに味噌のおすすめの食べ方を尋ねた。

冷やご飯を握って、周りに味噌をぬっただけの味噌むすびですね。子供の頃、おやつとして食べていたんですが、祖母と母が握ったもので味が違うのが不思議でした。人生最後の食事に何を食べたいかって聞かれたら、僕は味噌むすびとお茶があればそれで十分です」

生味噌のうま味成分に由来する甘みと、握った人の肌の温もりが伝わる味噌むすび。人と地球、そして家族の健康を結ぶ手料理を、ぜひ真似してみたいと思った。

 

andcraft, Inc.

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andcraft, Inc.
長野県長野市を拠点に各種デザイン・映像を企画制作しているデザイン会社です。ミッションは“手仕事で世界のひとりに感動を”。into the localでは、ローカルに存在する価値あるもの・こと・人を取材してお伝えします。