“辰野町は松本や伊那、諏訪、岡谷など4方面にアクセスでき、空き家・空き店舗は選びたい放題で、家賃も安い。何かを始めたい人、自分でやりたい人たちに来てもらいたい、と思ってまちあるきを始めたら、地域の人も関心を持ってくれるようになって。歩いていると、新たな空き家情報が入ってきたり、ぼくたちにとっても貴重なフィールドワークになるので、たとえ参加者がいなくても、その時間は必ず町を歩くようにしています”
赤羽さんが「はじまりの人」と呼ぶ辰野町の野澤隆生さん。野澤さんの発案により「空き家DIY改修イベント」などさまざまなプロジェクトが生まれた(提供写真)
赤羽さんは、宅建士と建築士の資格を活かし、普通の不動産屋は扱わないようなボロ家や、家財道具が放置されたままの物件に目を付けました。改修すればまだ使えそうな物件を選りすぐり、格安で空き家バンクに登録。さらに、空き家バンク成約物件の「DIY改修イベント事業」によって、安価でリノベーションのモデルハウスを作る作戦を実行しました。
DIY事例の第1号目となる築約130年の古民家。全11回、延べ250名の参加者を集め、通常の5分の1の改修費でリノベーションが完了(提供写真)
「今より少し、ワクワクする未来」を共有する
集落支援員の活動と並走する形で、赤羽さんは自己資金で下辰野商店街の元洋装店を借り、リノベーションを進めました。そして、2018年夏にオープンしたのが、シェアスタジオ「STUDIO リバー」でした。
“最初は自分の建築事務所を3階に置いて、活動資金が貯まる度に少しずつ改装していきました。今、地下1階はレンタルスペース、1階はコンセプトショップ、2階はシェアスタジオ(会員制)、3階はデスク会員限定のコワーキングスペースになっていて、県内外で20名ほどの会員さんが利用しています”
洋装のリバーを改修した「STUDIOリバー」
日用品や雑貨のセレクトショップ○とen-shouten(マルとエンしょうてん)
さらに、STUDIOリバーの最初の会員でデザイナー・編集者の奥田悠史さん、空き家バンクプロジェクトの同志でもある溜池のどかさん、コミュニティデザイナーの山下実紗さんを迎え、一般社団法人「◯(マル)と編集社」を設立しました。(現在は、自転車冒険家の小口良平さんを加えて5名)
◯(マル)と編集社集合。右から溜池さん、山下さん、赤羽さん、奥田さん、小口さん(提供写真)
“○と編集社の「○」の中に入る言葉は、「まち」の時もあれば、「企業」の時もあれば、「人」の時もあります。ディレクションや企画、建築、デザインという方法を使って、その人、その企業、その地域を再発見して、再編集する。そして◯の未来にワクワクする人を増やすことがミッションです。”
「ワクワクする人を増やす」ために、赤羽さんたちが大切にしていることは、自分たちがワクワクすること。まず、自分たちが実証実験をすることを基本にしていると言います。例えば、空き店舗が点在する下辰野商店街を「トビチ商店街」と名付けた商店街リブランディング事業。
その事業のビジョンを皆で共有しようと、「今より少しワクワクする10年後の商店街の1日を体験すること」をコンセプトに、「トビチmarket」という1日限りのマーケットを開催しました。
2019年12月7日に開催した「トビチmarket」のチラシ(提供写真)
“人を呼ぶことが目的のイベントではなくて、自分たちがどんな町を目指して取り組んでいくのか、10年後の1日を前借りして体験することで、ビジョンを共有することが目的でした。だからこそ、自分たちが本当に来てほしい、素敵だなと思うお店に直接声をかけました。地元の利益を優先したり、地元企業や店舗の協賛をもらうことは一切しませんでした。”
下辰野商店街の21の空き店舗に、県内外から54の店舗が出店した「トビチmarket」(提供写真)
資金繰り、準備、当日の運営に至るまで、人と人とのつながりを駆使し、手づくりで作り上げた「トビチmarket」は、1日で4,000人余りの来場者を集め、多数のメディアにも取り上げられるなど、多くの反響を巻き起こしました。
トビチmarketの様子を関係者のレポートと写真で記録した「トビチmarket アーカイブブック」。全国各地からの問い合わせや視察、移住希望者などに配布(有料)することで、そのビジョンを後世に伝えている
どうせだったら楽しい方がいい。
トビチmarketから2年余り。マーケットへの出店を機に、リアル店舗を構えた人もいれば、マーケットに来場して商店街が気に入り、新事業を始めようという人もいます。なかでも、一番の成果は、“地域の人に「説明」をしなくてよくなったこと”だと、赤羽さんは言います。
“住民の皆さんに「あれを目指している」ことが理解してもらえるようになって、応援してくれる人も増えたし、すごくやりやすくなりました。やりやすいから辰野町、どうせだったら楽しい方がいい。集まっているメンバーは、もともとこの町に特別な思いがあるわけじゃなくて、ここで特別な場所を作って、好きになっていく感じです。外から来る人も、好きな場所の一つになってもらえればいい、そういうスタンスでやっています”
地域おこし協力隊の1人は旧伊那バスの営業所を「全ての世代が音楽を軸に楽しめるローカルエンタメ空間」として蘇らせ、ダンス教室を開講
6年前、たった1人で帰ってきた赤羽さんの周りには、今、多くの人がいます。○と編集社にも、さまざまな形で関わる人が増え、新たな展開を迎えています。
○と編集社の事務所はフリーデスクで、辰野町地域おこし協力隊の拠点にもなっている
“そもそも、事業資金がゼロに近い状態で立ち上げて、当初は行政の業務委託を受けやすく、各種補助金を受けやすいようにと一般社団法人にしたんです。とはいえ、ずっと行政に頼っていくつもりはなく、3年間で会社の事業として事業化できるものはしていこうと。今まさにそのフェーズに来ていて、不動産事業や自転車事業など、収益拡大が見込める部分を切り分けて、分社化するための準備をしています。一社だと金融機関からのお金を借りにくいので(笑)”
お金にまつわる不躾な質問にも、笑顔で答えてくれた赤羽さん。その笑顔から滲み出る人柄の良さと、遊び心が、周囲の人を惹きつけ、巻き込み、辰野町に新たな人の輪を生んでいるのだと感じました。