陸の孤島・オンネトー
__ここは、もともと電話も圏外で、本当に陸の孤島のような場所だと思いました。
物語の舞台は、釧路空港から車で約1時間半、雌阿寒岳の麓の静かな森の中。アイヌの言葉で「オンネ・トー(年老いた湖沼)」と名付けられた周囲2.5kmの湖の畔にある小さなキャンプサイト。
雌阿寒岳からのオンネトー(提供写真)
阿寒摩周国立公園の最西端に位置するオンネトー国設野営場は、1966年に林野庁(足寄営林署)がオンネトーエリアの環境を保全しながら利用する目的で開設されました。
白樺などの雑木林を利用したサイトは全てフリーサイトで、共有設備は炊事場・トイレのみ。携帯電話の電波も届きません。だからこそ、自身の五感と知識だけを頼りに、自由な発想でキャンプができると、コアなキャンパーに親しまれているサイトです。
オンネトー国設野営場から見える湖沼(提供写真)
そんな野営場に、今年(2022年)6月、新たな施設が生まれました。駐車場の隅に建てられた山小屋風の建物には「UPI」のロゴが刻まれています。
「この建物は、去年(2021年)の秋にはできていたんですが、冬季は道路が閉鎖されてしまうので、準備を始めたのはオープン1ヶ月前の5月から。電話もつながらず、電線とWi-Fiの工事が終わるまでは、本当に陸の孤島状態でした」
そう笑ったのは、この建物を管理している株式会社アンプラージュインターナショナル(以下、UPI)の押谷啓汰さん。
大阪に本社を置くUPIは、北欧を中心としたアウトドア用品の輸入販売を行う会社。6月から新店舗「UPIオンネトー」をオープンし、野営場の受付業務、観光案内業務も担っています。
UPIオンネトー店長の押谷啓汰さん
では一体、どうしてオンネトーにUPIが出店し、国設野営場の受付業務も担うことになったのでしょう。まずは、足寄町役場門野亮介さんのお話から。
オンネトーをより魅力的に。
「オンネトーエリアは、毎年25万人くらいの観光客が訪れる場所です。雌阿寒岳の登山客が1万人ぐらい。あとは景観を楽しみに来る人たちです。けれど、これまで湖の周辺には登山客向けの温泉宿が1軒あるだけ。数年前まであったオンネトー茶屋という食堂も廃業してしまったため、お客さんが周遊したりお金を落とすことなく帰ってしまっているような状況でした」
足寄町経済観光振興室商工観光・エネルギー担当の門野亮介さん
そんな状況の中、2015年に環境省の「国立公園満喫プロジェクト」が始まり、オンネトーを含む阿寒摩周国立公園は、先行して取り組む8つの国立公園のひとつに選ばれました。
「国立公園満喫プロジェクト(趣旨)」
1.日本の国立公園のブランド力を高め、国内外の誘客を促進すること。
2.利用者数だけでなく、滞在時間を延ばし、自然を満喫できる上質なツーリズムを実現することで、地域の様々な主体が協働し、地域の経済社会を活性化させ、自然環境への保全へ再投資される好循環を生み出すこと。
日本百名山・雌阿寒岳(左)とオンネトー(提供写真)
「地元では観光や環境保全の在り方を考える町民組織“オンネトー魅力創造委員会”が立ち上げられました。観光拠点となる施設を作るにしても、このエリアに適したサイズは?内容は?誰がお金を出すのか?などゼロベースから意見を出し合い、環境省や十勝東北部森林管理署など関係機関とも協議を重ねてきました」
オンネトー魅力創造委員会の活動(提供写真)
そして3年の話し合いの末、2019年に、オンネトーに情報発信や軽食提供、一時避難所等の機能を持つ施設を建設する計画が決定。その建設費は国の補助金やふるさと足寄応援寄附金(ふるさと納税)を活用し、建設地は台風の倒木でちょうど開けていた野営場の横と決まりました。
工事は2020年から始まりましたが、冬季は積雪のため道路が閉鎖されてしまうため休工。翌2021年の秋ようやく竣工となりました。
地元業者が施工し、完成した施設(提供写真)
しかし、観光協会とともに施設で事業を行う運営者はまだ決まっていない状況でした。
「国の補助を受けて立てた建物ですし、どうせなら町内で運営できる事業者を探そうと、足寄町観光協会に運営パートナー探しをお願いしていたんですが、コロナ禍もあって、なかなか難しかったですね…そこへ、UPIさんが「ぜひ」と手を上げてくれたんです」
あやしいナイフの会社出現!?
ではなぜ、UPIがオンネトーに来たのか、その背景について、押谷さんはこんな風に教えてくれました。
「そもそものきっかけは、2018年にUPIの看板商品である“モーラナイフ”のイベントをこの場所で開催したことです。モーラナイフは、北欧の先住民族サーミの木工文化を支える道具なんですが、UPIと関わりの深いフリーライターの今井栄一さんのご縁と、ここの景観がモーラナイフ発祥の地であるスウェーデンの環境に近いことが相まって、国内初実施するイベントの候補地としてこの場所が選ばれました」
スウェーデン生まれのナイフブランド「モーラナイフ」。カービングナイフ、フックナイフなどさまざまな種類がある(提供写真)
一方、足寄町役場にはこんなエピソードが。
「2017年に、UPIの代表一行が初めて足寄町役場を訪ねて来たとき、アウトドアにうとい職員が対応してしてしまって、“ナイフを扱っている変な会社が、キャンプ場で何か怪しいイベントやろうとしている”と勘違いしてしまったんです(笑)」
その後、アウトドアに造詣の深かった門野さんの上司が足寄町とUPIをつなぐ架け橋となり、日本初のモーラナイフ公認イベント「モーラナイフ・アドベンチャー・ジャパン」が実現。
モーラナイフ・アドベンチャー in JAPAN 2018((提供写真)
世界各国から集まった豪華な講師陣にナイフを使った木工やブッシュクラフトのテクニックを教わりながら、アイヌやサーミの北方先住民文化に触れる2泊3日のイベントは、大成功。翌2019年にも連続開催する運びとなりました。
「オンネトーの自然への理解が高いUPIさんが現れ、新しい視点で野営場の利活用の方法などのアイデアをもらえたことは、(足寄町にとって)大きな意味があったと思います」
と門野さんは振り返りました。
こうして、足寄町とUPIとの間には徐々に信頼関係が築かれていきました。その後、2021年秋に施設のパートナーを探していると知ったUPIは、喜んで名乗りを上げます。野営場の受付、休憩施設、道東エリアの観光案内基地としての役割を担うほか、UPIの店舗としても活用できるこの施設の運営は、UPIのブランディングにおいても大きな価値があると考えられたからです。
「地元からの反対意見はほとんどありませんでした。逆に、半年しか稼働できないような場所で大変だと思うけど頑張って…という声が多かったですね」(門野さん)
この場所を変えないために、一緒に変わっていく
さまざまな主体が関わりながら生まれた「UPIオンネトー」。6月からは押谷さんを含む6名のスタッフがこの場所を守っています。4月までは、UPI京都店のスタッフだった押谷さんは、滋賀県出身。幼少期から高校時代を北海道(東神楽町)で過ごしましたが、足寄町にもオンネトーにも来たことがなかったと言います。
「登山、クライミングなどアウトドア全般が好きで、全国各地いろいろなキャンプ場に行ってますが、ここは本当に手付かずの自然が残っているのがすごい魅力だなと思いますね。野営場では、倒木を使って焚き火にしてもいいし、クラフトにしてもらってもいい。森の中だからハンモックも張れる、キャンプの幅が広がって、自分の理想のキャンプのスタイルが見つかる場所になるんじゃないかなと思います」
UPIオンネトーでは、ハンモックや焚き火台などのレンタルサービスも行っている(提供写真)
「まずは挑戦の年にしたいですね。足寄町と協力してオンネトーの魅力を発信していく、というプロジェクトの中でUPIが関わっているので、UPIが入ったことで良くなったと言われるようにしたいです。オンネトーの魅力を発信して、これから10年先、30年先にもずっとここにあって、幅広い方に使われるような場所になるように」
店長としての抱負を熱く語ってくれた押谷さん。登山客の休憩施設や観光客への観光案内所として機能させることはもちろん、UPIのギアを使ったワークショップや、各種アウトドアイベントも重要なミッションのひとつです。
さまざまなアウトドアグッズが並ぶショップ、奥はWi-Fiフリーの休憩スペースになっている(提供写真)
押谷さんと奇しくも同郷だったという門野さんは、インタビューの最後をこんな風に締めくくりました。
「UPIさんには(施設のオープンに当たって)いろいろと苦労をかけていますが、できるだけ長く一緒にここを残していければと思います。ここを長く残すことを考えたら、時代に合わせた変化を一緒にしていかないといけない、ここで活躍していく人を増やさなければならないと思うんです。だからこそ観光協会と町とUPIさんとで一緒に考えてやっていければと。UPIさんとやることでいい変化が生まれて、オンネトーがある意味変わらず残せるということができたらいいなと思っています」
オンネトーを舞台にした物語は、まだ始まったばかり。この場所を起点に、この先どんな物語が紡がれていくのか、気になった方はぜひ出かけてみてください。そこには、手つかずの美しい自然と、その楽しみ方を教えてくれる温かな人たちが待っています。
TEL:0156-28-0115(※野営場の予約受付は行っておりません)
たんちょう釧路空港から:車で約1時間20分
女満別空港から:車で約1時間20分(高速道路経由)
営業期間:2022年6月1日(水)~10月31日(月)