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小さな町の小さな水族館を旅する

Local aquarium in Rubeshibe

あなたはこれまで、どんな水族館に行ったことがありますか?そこでどんな時間を過ごしましたか?
水槽をただボーッと眺めたり、家族や友人とはしゃいだり、中には甘酸っぱい思い出もあるかもしれません。
非日常を味わえる水族館は北海道だけでも10箇所弱あり、大水槽が目玉の水族館や生き物のショーが人気の水族館など特徴はさまざま。
今回はひときわ個性が光る、人口6,000人弱の小さな町・北見市留辺蘂(るべしべ)町にある「北の大地の水族館(山の水族館)」を訪ねました。

一周約30分の中に仕掛けが満載。
生き物ヲタクの愛にあふれる水族館

「北の大地の水族館」があるのは、国道39号線沿いに位置する道の駅「おんねゆ温泉」の敷地内。もともとは数十メートル離れた別の場所にありましたが、2012年のリニューアルに伴い現在の場所へと移転しました。

緑に囲まれた「北の大地の水族館」

館内に入って、まず目に飛び込んでくるのはドーム型の水槽。これは「滝つぼ水槽」といって北海道の川の最上流部を再現しており、頭上から流れ落ちる滝を見上げるイメージで、激流に集まりながら泳ぐオショロコマなどの魚たちを見ることができます。水槽の目の前に立つと、まるで自分も川の中にいるような不思議な感覚に。水の色も魚の泳ぐ姿も美しく、つい見惚れてしまいます。

日本初の「滝つぼ水槽」

激流に集まる魚たち

「オショロコマはとても面白い魚なんです。北海道の自然下で生息しているのは一般的に全長20cmほどで、冬の寒さによる水温の低下と餌の減少が原因で、だいたいは秋の繁殖期を過ぎると死んでしまいます。餌や水温などの環境が整っていれば越冬できて、その分長生きして大きくなる魚なので、この水槽にいるオショロコマも、エサを与え続ければ60cmくらいまで成長することができます。だけど北海道にはそんな大きさのオショロコマはほとんど実在しません。自然な姿、大きさを維持するために育て方を工夫しています」

そう教えてくれたのは、2017年から館長を務める山内創さん。大学卒業後、リニューアルオープンに向けて学芸員を募集していた北の大地の水族館で働くため、北海道に移住しました。

大切に育てられているオショロコマ

「滝つぼ水槽にある岩は擬岩といって、ガラス繊維強化プラスチックで出来ています。本物の岩に見えるよう色や形状など細かく指定し、ライトの位置も計算しています。擬岩の所々に隙間を作っているのも、この奥に水の世界が広がっている印象を与えるためです」

狭いところでは幅60cm程度の水槽に、“自然界の川の中”を表現するためのさまざまな工夫が施されています。

「滝つぼ水槽」以外にも個性的な展示が楽しめる北の大地の水族館。代表的なのは「四季の水槽」で、世界初の水面が凍る水槽です。道内でも特に寒さが厳しい留辺蘂町。せっかくならば、その寒さを利用した展示をしようと生まれたのが「四季の水槽」でした。水槽を屋外に設置しているため水面が10cm程度凍り、その下を泳ぐ魚たちの貴重な姿を見ることができます。

四季の水槽(9月の様子)

「春はウグイが泳いでいたり、夏は日陰と日向を往来する魚の様子が見られたり、秋はサケやカラフトマスの産卵にも立ち会えます。晴れた日は水槽に太陽光が差し込むのでキラキラと美しく、写真もきれいに撮れますよ」

1年目は思うように凍らなかったり、水の循環がうまくいかずに汚れが溜まりやすくなったりと、適切な水の量や水温を見極めるまでには試行錯誤したようですが、「そうした苦労が一番面白かったりしますね」と山内さんは笑います。

さまざまな魚が泳ぐ四季の水槽で、特に目を引いた美しいヤマメ

前身である「山の水族館・郷土館」が開館したのは1978年。オープンから数年は年間約5万人の入館者数を誇っていましたが、冬季休館していたことや、敷地内に道の駅の建物や周辺施設が建設されたことで陰に隠れてしまい、2000年頃には年間約2万人にまで減少していました。

現在も「山の水族館」の看板が残る

設備の老朽化も相まって、リニューアルが計画されたのは2010年。日本で唯一の水族館プロデューサーとして活躍する中村元さんにプロデュースを依頼し、約2年の歳月をかけて生まれ変わりました。
実は中村さんが名誉教育顧問を務める専門学校の卒業生でもある山内さん。では学芸員の話は中村さん直々に?と聞いたところ、「中村さんは系列校で授業を受け持っていたので、直接指導していただいたことはありませんでした」とのこと。ではどのような経緯でたどり着いたのでしょうか。

「専門学校で学ぶうちに学芸員を目指したいとの思いが強くなり、大学に進学しました。でも就職活動が思うようにいかず、見かねた研究室の先生が北の大地の水族館を紹介してくれました。移住にまったく不安はなかったので、すぐに決断しました」

リニューアル前から水族館の集客を支えてきた日本最大の淡水魚・イトウ。巨大な水槽を優雅に泳ぐイトウの群れは迫力がある

 

ユニークな解説板がSNSで話題に

2016年、当時副館長を務めていた山内さんのある取り組みがSNS上で注目されました。

これはニジマスの解説板。LINE風のデザインでニジマスとヤマメが会話をしています。SNS上で「面白い」と話題になり、北の大地の水族館を一躍有名にしました。
なぜこのような解説板を作ったのでしょうか。

「展示がどれだけ良くても伝えきれないことはあります。それを補う解説板を、どうしたら多くの人に読んでもらえるかを考えて作りました。お客様とのコミュニケーションにも役立っています」

館内を巡ると、ほかにもユニークな解説板が数多く掲出されています。スタッフが各自自由に制作しているらしく、実習生の必須課題にもなっているのだとか。

手描きのイラストがかわいらしく、わかりやすい(左)実習生の願望を実現。見ているこちらも試したくなる(右)

子どもには馴染みがあり、大人には懐かしいプロフィール帳風のデザイン

そしてリニューアルオープン5周年を迎えた2017年。水族館のさらなる発展を目指し、山内さんが館長に就任します。

「自分の言動すべてが水族館の評価につながる責任は重いので悩みました。でも中村さんや学生時代の恩師に相談したら『とりあえずやってみてもいいんじゃない?』と背中を押していただき、僕なりの館長像を追い求めてみようと思えました」

 

一つでも多くの思い出を、一緒につくりたい

館長就任後も、山内さんは積極的に新たな取り組みを始めます。まずは「飼育員にきいてみよう!」。来館者が水族館の中で気になったことを書いて投函できる質問カードです。
当初は山内さんやスタッフが回答を記入後に館内で掲示するだけでしたが、2020年10月頃から山内さんが自身のTwitterアカウントで写真を投稿したところ大きな反響を呼びました。

実際にTwitterに投稿された質問カードの写真。来館者からの素朴な質問やユニークな疑問に、山内さんも素直に答える

さらに受付近くには「館長が出てくるボタン」を設置。来館者が自由に山内さんを呼び出すことができるとあって、これもTwitterで話題となりました。山内さん曰く「自分からお客様に話しかけるのは得意ではないけどお話ししたい、それならお客様から呼んでもらおう!と思いつきました」

「用事が無くてもOK!」に甘えて、つい押したくなる

ただ写真を投稿するだけでなく、投稿についたコメントにも真摯に対応する山内さん。SNS上での交流を大切にされているように感じたので、その意図を聞いてみました。

「リピーターになってほしい、リピーターとは言わずとも当館のファンになってほしい。そんな思いで交流しています。田舎の水族館ですし、特に冬季は来るだけで一苦労なので、何度も足を運んでいただけるわけではないと考えています。でも今はSNSでつながる時代。お客様とオンラインでも交流を深めることで、当館との思い出を一つでも増やしてほしいと思っています」

生き物をこよなく愛し、かわいさや面白さ、個性など生き物のことを伝えていきたいと話す山内さん。たしかに、山内さんや北の大地の水族館のTwitterアカウントは、見るたびに新しい発見や面白さがあり、気づけばファンになっています。

 

“会いに行く水族館”を計画中

2022年でリニューアルオープン10周年を迎える北の大地の水族館。山内さんに展望を尋ねると、最初に出てきたのは「地元の人にとって身近な水族館になりたい」という言葉でした。

「新型コロナウイルスの影響で、これまで以上にローカルを意識するようになりました。地元の人に『水族館ってやっぱり面白いよね』『北の大地の水族館って楽しい場所だね』と思ってほしい。水族館として何ができるかを常に考えています」

10周年ならではの企画をこっそり聞いたところ「滝つぼ水槽を再現した出張水族館です。待つだけでなく、こちらから会いに行きたいですね」と笑顔で答える山内さん。きっとこれから、新たな水族館のカタチ、新たな水族館の楽しみ方をたくさん発信してくれることでしょう。私達もまた、おじゃましたいと思います。

ライターイチオシは「トゲモモヘビクビガメ」。つぶらな瞳にキュン!南米ボリビア、パラグアイ、ブラジル、アルゼンチンにまたがるチャコ草原地帯で暮らすカメだそう。とにかくボーっと浮いている

Gear8

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Gear8
ウェブディレクションチームとして札幌を中心に活動している会社で、2019年秋に10周年を迎えました。 お客様のウェブサイトリニューアルに関わる企画・設計、デザイン、マークアップ、プログラミング、運用支援を含めてワンストップでサポートしています。 その中でクライアントが伝えるべきことの本質を引き出し、伝えたい人たちに一番伝わる方法で表現することにこだわっています。