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廃校活用の旅〜アート空間に生まれ変わった旧政和小学校

Seiwa artfes in horokanai

毎年、全国で約500もの学校が廃校になっているのをご存知でしょうか。少子化による児童生徒数の減少や市町村合併など、さまざまな理由により廃校となった施設は近年、民間企業やNPO法人によって有効活用されています。地域活性化や雇用創出につながることから、文部科学省でも「~未来につなごう~「みんなの廃校」プロジェクト」を実施。もちろん北海道にも廃校を利用した施設が点在しています。
そこで今回は北海道北部に位置する幌加内町の廃校へ。待っていたのは“その地で生まれるアート”を大切にするステンドグラス作家でした。

見て、触って、遊んで、作る。
肩ひじ張らないアートを届けたい

舞台は2007年に閉校した旧政和小学校。2012年より毎年夏に「政和アートFes」が開催されています。発案者は幌加内町在住のステンドグラス作家、吉成洋子さん。畜産農家の傍ら創作活動と政和アートFesの運営を続けています。

笑顔が素敵な吉成洋子さん

「最初は1、2日だけ小学校を借りて、友人や知り合いを招待するイベントにしようと考えていたんです。でも準備を進めるうちに周りから『数日だけなのはもったいないよ』と言われて。私も楽しくなってだんだんと開催期間が延びた感じです」と吉成さん。そもそも旧政和小学校とのご縁には、吉成さんの娘であり現在は金属造形作家として活躍する吉成翔子さんの存在がありました。旧政和小学校の卒業生だった翔子さんは、自身の作品の保管場所として小学校を利用。身近にアート作品がありながら地元の人は目にする機会がなく、廃校の行方も気になっていた吉成さんの心には『せっかくこの地を原点に生まれたアートだから地元の人に見てほしい』という思いが芽生えたといいます。翔子さんと共に政和アートFesの立ち上げと運営を行い、2020年で9周年を迎えました。

これまでの活動の成果が認められ、2020年北空知信用金庫「ふるさと振興基金」の「ふるさと活性化部門」にて「きたしんふるさと活性化奨励賞」を受賞

イベント終了後でも残している作品があるとのことで、吉成さんに校内を案内していただきました。
まずメイン会場である体育館に向かおうとしたところ、目の前に現れたのは少し目の鋭いキャラクター。名前は「ワルジカ」。吉成さんが生み出したキャラクターで、町の特産品である幌加内そばの畑を荒らす悪い鹿がモチーフです。
「もう大変なんです、農業被害が大きくて。何百万単位でそばの芽も花も実も食べてしまうの。かわいい顔をしているから、なかなか憎めないんだけどね」
そんな思いがキャラクターにも表れているのかワルジカはすっかり人気者に。ポストカードや缶バッジ、マスクなどに描かれ販売されています。

LINEスタンプも販売されている

2階の教室ではワルジカの集会が行われており、今年はソーシャルディスタンスを意識した

そんなワルジカを見張るキャラクターも存在し、名前は「ソーバーマン」。1人で活動しているため町中のそば畑をパトロールするのもひと苦労なんだとか。

頭についているのはそばの芽(双葉)、マントは本葉とのこと

入場料をとらない政和アートFesでは、グッズの売上が大切な活動資金源。ワルジカやソーバーマンの他にもたくさんのキャラクターがいるため「気に入った子がいたら連れて帰ってね」と吉成さんはいいます。

キャラクターの誕生秘話を伺ったところでようやく体育館へ。天井まで積み上がったダンボール箱、存在感のある卵型や球体の作品、グランドピアノを囲む牛舎を解体して作ったベンチなどが並び、イベント期間外とは思えないほど圧巻の景色が広がります。

足を踏み入れた瞬間、アート作品の壮大さと誰もが記憶に残る懐かしさに包まれる

「イベント期間中は町内すべての保育園と小中学校のみなさんが授業の一環で来てくれます。一般的なアートの展覧会では作品に触れることを禁止していますが、ここでは触ったり遊んだり基本何でもOK。ワークショップも開催しているので自分で作ることもできます。アートに対するハードルを低くしたいですね」
幌加内町の子どもたちにアートを通じて生まれ育った町を好きになってほしい。その熱意が保育園や学校関係者を動かし、今年は小学校1年生から来ていた子が最後の年(中学3年生)を迎えて感無量だったといいます。

今年は子どもたちにいくつかの問いかけを用意。黒板に書かれた自由な回答に頬が緩む

幌加内の大自然をキャンパスとする政和アートFesには、大きく分けて3つのテーマがあります。
1.地元で地道に自由な発想で、楽しくおしゃれな空間を演出。
2.手づくりにこだわり、リユースを提案・実行。
3.農業とアートの融合。

アートは美術館の中だけのものではなく、生活の一部として子どもからお年寄りまで親しんでほしい。廃材や端切れなど捨てられることの多い素材をアートにすることで、地球が少しでも長持ちしてくれたらうれしい。こうした思いを胸に、吉成さんは日々活動しています。

端切れでできたカラフルな魚たちを釣って遊ぶ作品。水色の板は幌加内町の名所「朱鞠内湖」をイメージ

体育館の他にも図書室や理科室など、すべての教室を案内していただきました。各教室に置かれている作品は、まるで放課後に居残る子どもたちのようで、楽しいけれど寂しさもある、どこか懐かしい雰囲気を感じさせます。「学校にはみんなの共通点がありますよね。こんなことあったよね、こんなもの置いてあったよねって。そういうのを思い出しながら見てもらえたら」と吉成さんが言うように、お盆時期には帰省した人たちが大勢来て「学校に入れると思わなかったからうれしい」と喜んでくれるそうです。

娘・翔子さんの作品が並ぶ教室。イベント期間中は販売もしている

履かなくなったジーンズをリメイク。腰部では新聞紙で作られた烏骨鶏が卵を産んでいる

製作途中の黒板アート。美術教師をしている吉成さんの姪が手掛ける

吉成さんの義父がコレクションしていたレコードをディスプレイ。黄色い壁と紅葉の調和が見事

 

生活そのものをステンドグラスに

普段は自宅で創作活動を行う吉成さんですが、イベント期間中は校内の一角に「アトリエ千の花」を構えます。

「日ごろ目にする動植物や春夏秋冬の感じたことなど、幌加内での生活そのものをモチーフにステンドグラスを作っています。色の組み合わせやデザインは抽象的なものも多いけど、ここで暮らしながら湧き出てきたものだから」

今では幌加内の自然を愛し、暮らしを楽しむ吉成さんですが、結婚を機に出身地である大阪から移住した当初は、苦労と苦悩の連続だったといいます。
「牧場に勤めていた夫が『牛を飼いたい、入植したい』と言い出して、最初の10年くらいは寝る暇もないほど牛の世話で大忙しでした。町に本屋さんやアート要素が全然ないこともすごく嫌で。そもそも京都のステンドグラス工房で働いていた人間が北海道の畜産農家になるなんて、驚きだよね(笑)」

徐々にフラストレーションが溜まっていたある日、吉成さんは世界的に知られる銅版画家・小池暢子さんの作品と出会います。
「人伝に聞いて、小池先生に直接『アトリエを見せてください』と連絡したんです。最初は突然の連絡に訝しんでいたけど(笑)今ではすごく仲良くしてくれて長いお付き合いです」
こうして創作意欲が再燃した矢先、吉成さんがステンドグラス作家であることを知った近所の人が「教えてほしい」と依頼。ステンドグラス教室の開講に合わせて創作活動を再開し、次第に町内の建物に飾るステンドグラスなどを手掛けるようになったといいます。

小池さんの作品も展示。一版多色刷といって、一つの版に複数の色の絵の具を乗せて一度に刷る高度な手法で作られている

「アトリエ千の花」に飾られたステンドグラスはどれも色合いが華やかで美しく、日の光が差すことでさらに輝きを増しています。
「畑に鹿が来たら鹿を、虹が出たら虹を、花を植えたら花を描く。単純なんだけど、心が動いた瞬間を作品にしています」

京都や大阪にいるときは「アイデアをこねくり回していた」と振り返る吉成さん。さまざまな葛藤を経て、現在は「都会にいたら生み出せないものが出来ている」といいます。大きな作品では製作期間が一冬を越すそうで、来年に向けて作品づくりはスタートしています。

京都時代の作品。和風のデザインに仕上がっている

 

10周年へ向けて

2021年で政和アートFesは記念すべき10周年。吉成さんは「当初は10年を目標にしていたから、来年で終わりでもいいかなと思ったりするんだよね」と言いながらも、展望を伺うと「やりたいことがありすぎて大変なの。欲張りだから」と笑います。
「映像作品を取り入れてみたいし、屋外のアートも作りたい。畑アートにも興味があるから、若いスタッフにお願いしているところです」
これまでも駐車場にピザ窯を作ろうと、レンガの街として有名な江別市までレンガを調達しに行ったそうですが、積み上げる途中で挫折したとか。草花に囲まれた不揃いのレンガも今ではまるでアート作品のようです。この他にも途中で断念した取り組みは数知れず。けれど「挫折してもまったく気にしない」ときっぱり。「今できなくても、いつかできると思ってるから。挑戦しようとする気持ちが大事かな」
吉成さんのこうした考え方が根底にあるからこそ、政和アートFesが多くの人の心に響き、愛されるのかもしれません。

子どもたちから寄せられた10周年の企画アイデア。果たしてどんな内容になるでしょうか


「幌加内はとにかく自然が美しい。冬は寒さが厳しいけど、だからこそ生まれてきたアートがある。ここで暮らす人たちの力が湧いてくるような作品、応援になるような作品を作り続けたいと思います」
最初から最後まで弾ける笑顔で話してくれた吉成さん。来年の会期は7月下旬〜9月上旬を予定。写真では伝わりきらないアーティストたちの情熱と、太陽のように場を一瞬で明るくする吉成さんの人柄に、ぜひ直接ふれてください。

Gear8

WRITER

Gear8
ウェブディレクションチームとして札幌を中心に活動している会社で、2019年秋に10周年を迎えました。 お客様のウェブサイトリニューアルに関わる企画・設計、デザイン、マークアップ、プログラミング、運用支援を含めてワンストップでサポートしています。 その中でクライアントが伝えるべきことの本質を引き出し、伝えたい人たちに一番伝わる方法で表現することにこだわっています。