そこで今回は北海道北部に位置する幌加内町の廃校へ。待っていたのは“その地で生まれるアート”を大切にするステンドグラス作家でした。
見て、触って、遊んで、作る。
肩ひじ張らないアートを届けたい
舞台は2007年に閉校した旧政和小学校。2012年より毎年夏に「政和アートFes」が開催されています。発案者は幌加内町在住のステンドグラス作家、吉成洋子さん。畜産農家の傍ら創作活動と政和アートFesの運営を続けています。
「最初は1、2日だけ小学校を借りて、友人や知り合いを招待するイベントにしようと考えていたんです。でも準備を進めるうちに周りから『数日だけなのはもったいないよ』と言われて。私も楽しくなってだんだんと開催期間が延びた感じです」と吉成さん。そもそも旧政和小学校とのご縁には、吉成さんの娘であり現在は金属造形作家として活躍する吉成翔子さんの存在がありました。旧政和小学校の卒業生だった翔子さんは、自身の作品の保管場所として小学校を利用。身近にアート作品がありながら地元の人は目にする機会がなく、廃校の行方も気になっていた吉成さんの心には『せっかくこの地を原点に生まれたアートだから地元の人に見てほしい』という思いが芽生えたといいます。翔子さんと共に政和アートFesの立ち上げと運営を行い、2020年で9周年を迎えました。
イベント終了後でも残している作品があるとのことで、吉成さんに校内を案内していただきました。
まずメイン会場である体育館に向かおうとしたところ、目の前に現れたのは少し目の鋭いキャラクター。名前は「ワルジカ」。吉成さんが生み出したキャラクターで、町の特産品である幌加内そばの畑を荒らす悪い鹿がモチーフです。
「もう大変なんです、農業被害が大きくて。何百万単位でそばの芽も花も実も食べてしまうの。かわいい顔をしているから、なかなか憎めないんだけどね」
そんな思いがキャラクターにも表れているのかワルジカはすっかり人気者に。ポストカードや缶バッジ、マスクなどに描かれ販売されています。
そんなワルジカを見張るキャラクターも存在し、名前は「ソーバーマン」。1人で活動しているため町中のそば畑をパトロールするのもひと苦労なんだとか。
入場料をとらない政和アートFesでは、グッズの売上が大切な活動資金源。ワルジカやソーバーマンの他にもたくさんのキャラクターがいるため「気に入った子がいたら連れて帰ってね」と吉成さんはいいます。
キャラクターの誕生秘話を伺ったところでようやく体育館へ。天井まで積み上がったダンボール箱、存在感のある卵型や球体の作品、グランドピアノを囲む牛舎を解体して作ったベンチなどが並び、イベント期間外とは思えないほど圧巻の景色が広がります。
「イベント期間中は町内すべての保育園と小中学校のみなさんが授業の一環で来てくれます。一般的なアートの展覧会では作品に触れることを禁止していますが、ここでは触ったり遊んだり基本何でもOK。ワークショップも開催しているので自分で作ることもできます。アートに対するハードルを低くしたいですね」
幌加内町の子どもたちにアートを通じて生まれ育った町を好きになってほしい。その熱意が保育園や学校関係者を動かし、今年は小学校1年生から来ていた子が最後の年(中学3年生)を迎えて感無量だったといいます。
幌加内の大自然をキャンパスとする政和アートFesには、大きく分けて3つのテーマがあります。
1.地元で地道に自由な発想で、楽しくおしゃれな空間を演出。
2.手づくりにこだわり、リユースを提案・実行。
3.農業とアートの融合。
アートは美術館の中だけのものではなく、生活の一部として子どもからお年寄りまで親しんでほしい。廃材や端切れなど捨てられることの多い素材をアートにすることで、地球が少しでも長持ちしてくれたらうれしい。こうした思いを胸に、吉成さんは日々活動しています。
体育館の他にも図書室や理科室など、すべての教室を案内していただきました。各教室に置かれている作品は、まるで放課後に居残る子どもたちのようで、楽しいけれど寂しさもある、どこか懐かしい雰囲気を感じさせます。「学校にはみんなの共通点がありますよね。こんなことあったよね、こんなもの置いてあったよねって。そういうのを思い出しながら見てもらえたら」と吉成さんが言うように、お盆時期には帰省した人たちが大勢来て「学校に入れると思わなかったからうれしい」と喜んでくれるそうです。
生活そのものをステンドグラスに
普段は自宅で創作活動を行う吉成さんですが、イベント期間中は校内の一角に「アトリエ千の花」を構えます。
「日ごろ目にする動植物や春夏秋冬の感じたことなど、幌加内での生活そのものをモチーフにステンドグラスを作っています。色の組み合わせやデザインは抽象的なものも多いけど、ここで暮らしながら湧き出てきたものだから」
今では幌加内の自然を愛し、暮らしを楽しむ吉成さんですが、結婚を機に出身地である大阪から移住した当初は、苦労と苦悩の連続だったといいます。
「牧場に勤めていた夫が『牛を飼いたい、入植したい』と言い出して、最初の10年くらいは寝る暇もないほど牛の世話で大忙しでした。町に本屋さんやアート要素が全然ないこともすごく嫌で。そもそも京都のステンドグラス工房で働いていた人間が北海道の畜産農家になるなんて、驚きだよね(笑)」
徐々にフラストレーションが溜まっていたある日、吉成さんは世界的に知られる銅版画家・小池暢子さんの作品と出会います。
「人伝に聞いて、小池先生に直接『アトリエを見せてください』と連絡したんです。最初は突然の連絡に訝しんでいたけど(笑)今ではすごく仲良くしてくれて長いお付き合いです」
こうして創作意欲が再燃した矢先、吉成さんがステンドグラス作家であることを知った近所の人が「教えてほしい」と依頼。ステンドグラス教室の開講に合わせて創作活動を再開し、次第に町内の建物に飾るステンドグラスなどを手掛けるようになったといいます。
「アトリエ千の花」に飾られたステンドグラスはどれも色合いが華やかで美しく、日の光が差すことでさらに輝きを増しています。
「畑に鹿が来たら鹿を、虹が出たら虹を、花を植えたら花を描く。単純なんだけど、心が動いた瞬間を作品にしています」
京都や大阪にいるときは「アイデアをこねくり回していた」と振り返る吉成さん。さまざまな葛藤を経て、現在は「都会にいたら生み出せないものが出来ている」といいます。大きな作品では製作期間が一冬を越すそうで、来年に向けて作品づくりはスタートしています。
10周年へ向けて
2021年で政和アートFesは記念すべき10周年。吉成さんは「当初は10年を目標にしていたから、来年で終わりでもいいかなと思ったりするんだよね」と言いながらも、展望を伺うと「やりたいことがありすぎて大変なの。欲張りだから」と笑います。
「映像作品を取り入れてみたいし、屋外のアートも作りたい。畑アートにも興味があるから、若いスタッフにお願いしているところです」
これまでも駐車場にピザ窯を作ろうと、レンガの街として有名な江別市までレンガを調達しに行ったそうですが、積み上げる途中で挫折したとか。草花に囲まれた不揃いのレンガも今ではまるでアート作品のようです。この他にも途中で断念した取り組みは数知れず。けれど「挫折してもまったく気にしない」ときっぱり。「今できなくても、いつかできると思ってるから。挑戦しようとする気持ちが大事かな」
吉成さんのこうした考え方が根底にあるからこそ、政和アートFesが多くの人の心に響き、愛されるのかもしれません。
「幌加内はとにかく自然が美しい。冬は寒さが厳しいけど、だからこそ生まれてきたアートがある。ここで暮らす人たちの力が湧いてくるような作品、応援になるような作品を作り続けたいと思います」
最初から最後まで弾ける笑顔で話してくれた吉成さん。来年の会期は7月下旬〜9月上旬を予定。写真では伝わりきらないアーティストたちの情熱と、太陽のように場を一瞬で明るくする吉成さんの人柄に、ぜひ直接ふれてください。
雨竜郡幌加内町政和第二
TEL 0165-37-2069(政和アートFes実行委員会)
旭川空港から車で約1時間30分