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阿寒湖畔でアイヌ文化を旅する

Ainu culture on the shores of Lake Akan

「イランカラプテ(※)」
北海道で暮らす人、北海道に訪れた人が、一度は目にしたことのある言葉ではないでしょうか。「イランカラプテ」とは日本の先住民族・アイヌの人々の挨拶で「こんにちは」という意味です。
道内にはアイヌ文化にふれられるスポットが何か所もありますが、今回は釧路市の阿寒湖温泉街にある「阿寒湖アイヌコタン」で今年スタートしたばかりのガイドツアー「Anytime, Ainutime!」に参加。実際に阿寒湖で暮らすアイヌが案内役となり、阿寒の恵まれた自然を満喫しながらアイヌ文化の美しさを伝えてくれます。

(※)正しくは「プ」が小文字

自然への敬意と感謝を忘れない。
奥深いアイヌの世界の入口へ

江戸時代以前、北海道は当時の和人とは異なる文化を形成する民族が暮らす島国で、その民族は自分たちのことを、彼らの言葉で「人間」を意味する「アイヌ」と呼んでいました。
阿寒湖周辺にはアイヌの文化が今も根付いており、阿寒湖アイヌコタンには約120人のアイヌが暮らしています。観光窓口となる阿寒湖アイヌシアター「イコ」ではアイヌ古式舞踊や人形劇が上演され、アイヌ語で「小さい家」を意味するポンチセでは生活用具や衣装などが展示されるなど、アイヌ文化の継承をおこなっている地域です。

大きな木彫りのフクロウがお出迎え

ポンチセの入館料は“お客様にお任せいたします”

人気のアイヌ料理に舌鼓

ガイドツアー前にまずは腹ごしらえ。伝統的なアイヌ料理が味わえる人気店「民芸喫茶ポロンノ」へ。注文したのは人気No.1メニューというオハウ定食。「オハウ」とは昆布と塩だけのシンプルな出汁に、季節の山菜やきのこなどをいれたアイヌ料理を代表する汁物です。定食には豆・いなきび・キトピロ(行者ニンニク)を一緒に炊きこんだご飯「アマム」、「メフン」と呼ばれる鮭の血合いの塩辛がセットになっています。オハウは鹿(ユク)と鮭(チェプ)の2種類。どちらも素材の旨味が存分に引き出されており、塩味の強い濃厚なメフンとともにアマムが進みます。

鮭のオハウ。ほっとする味わい

さらに、ポロンノ名物である「ポッチェピザ」も注文。冬の間に雪の下で眠っていたジャガイモを、春の暖かさとともに自然発酵させて作った「ポッチェイモ」を生地に使用したオリジナルメニューです。クリスピーピザのようなパリパリとした食感ですが、いももちのような独特のもちもち感もあり、ポロンノに来たなら味わうべき一品だと確信。昼時は平日でも混んでいる場合があるので、余裕をもって来店することをおすすめします。

ポッチェイモ単体でも注文することができる。1日限定10食

阿寒湖のほとり、緑豊かな森を歩く

エネルギーを蓄えたところで、いざガイドツアーへ。4つあるツアープログラムのうち、今回は森にまつわるアイヌの逸話に耳をかたむけながらの散策と、アイヌの楽器ムックリを演奏する「森の時間〜森と生きるアイヌの精神に触れる旅〜」を選びました。
阿寒湖のアイヌにとって森は特別な場所。もともとこの世のあらゆるものに「魂」が宿っていると考えるアイヌは、中でも動物や植物など人間に恵みを与えてくれるもの、火や水、生活用具といった人が生きていく上で欠かすことのできないもの、そして天候や流行病など人間の力が及ばないものなどは「カムイ(神)」として敬ってきました。だからこそ森には、食料や衣類・道具の材料などを与えてくれる多くのカムイが存在すると考え、そのカムイに対して感謝を捧げながら暮らしてきたといいます。

アイヌ文化の伝承活動が行われている「イコロの森」が舞台

今回の案内役は瀧口健吾さん。普段は木彫作家としてアイヌコタンにある工房兼土産店「イチンゲの店」を営んでいます。瀧口さんの他にも民芸店の店主や古式舞踊の踊り手など、数名のアイヌがプログラムごとに案内役を務めています。
「ツアー中の時間を計らせてもらいますね。僕はついつい話し過ぎて、毎回予定よりも時間が延びちゃうんですよ」
そう言って笑う瀧口さんに、一瞬で興味を引きつけられました。

瀧口さん。後ろに見える鉄の檻はアイヌの儀礼「イオマンテ(熊送り)」に使用されていたもの

まず手渡されたのは「ク」と呼ばれる先端がV字になった木の杖。
「歩くときの支えになるし、刃物を括り付けて槍みたいにすることもできる。ひと休みするときに荷物をかけるなど、いろいろな使い方があるんです」
アイヌの男性が山に入るときには必ず持参したというクを握りしめ、自然に宿るカムイへの挨拶と安全祈願を行う「カムイノミ」という儀式を体験したら、いよいよ森の時間が始まります。

森の中にはナナカマドやヤナギ、ミズナラ、エゾマツなど数多くの植物が生えており、アイヌの生活におけるそれぞれの役割について瀧口さんは丁寧に紹介してくれます。例えば、イワキキンニ(ナナカマド)は魔除けや疫病防止に力があると考えられていたこと、葉の形が特徴的なオヒョウの樹皮で衣服を作っていたこと、タモギダケはオハウにしたら絶品なのでアイヌの間で取り合いになることなど驚くことばかり。
「ピンニ(ヤチダモ)はすごく硬い木なので彫りづらい。ノミで削っていきますが、摩擦で先端が熱くなるほどです」と木彫作家ならではの話もありました。

木肌にふれてみる

天ぷらやサラダ、ジャムなどおいしい食べ方も教えてくれる

奥へと進み、少し開けた場所にたどり着いたとき、「ここでちょっとした遊びをしましょう」と言って瀧口さんが始めたのは「カリプ遊び」。カリプとは輪のことで、ブドウづるで作った直径20〜40cmのカリプを一人のクの先端にかけて、もう一人がそのカリプを自分のクで奪い取るというものです。これが意外と難しく、瀧口さん相手に右へ左へ悪戦苦闘。「ほら、そんなんじゃ全然取れないですよ」と言われながら、数分後になんとかカリプを引っ掛けることに成功。ちょっとどころかしっかり遊びました。カリプは他にもいくつか遊び方があるそうで、アイヌの子供たちはカリプ遊びを通して狩りの技術を習得していったといいます。

まるで子供を相手にするような手さばき

動物の鳴き声や雨音など
あらゆる音を表現するムックリを演奏

散策も中盤に差し掛かった頃、阿寒湖の東側にそびえる雄阿寒岳を望むスポットで、熊笹茶をいただきながらひと休み。アイヌの伝統楽器「ムックリ」が手渡されました。

 

ムックリは細長い木の枝に結ばれた紐を引っ張ることで弁を振動させ、ハーモニカのように息を吹きかけて音を出す楽器です。まずは手首だけで音が出せるかを確認。なめらかな面を内側にし、左手の指をしっかりしめたら右手をすばやく引いて戻します。ビューンビューンと音が鳴り響く…はずが、なかなか音は出ません。

原因は力のかけ具合?それとも右手の返し方?

「この時点で音が出ないと口で鳴らすのは難しいかも」という瀧口さんの一言に焦りながらも練習を重ね、最後にはかろうじて音を鳴らすことができました。

6歳から演奏しているとあってさすがの腕前

ゴールが見えてきたところで、最後に瀧口さんが披露してくれたのは叙事詩「ユーカラ」。文字は持たないアイヌが情報伝達とエンターテインメントの手段として築いていった文化です。
北海道で暮らしながらも今まであまり知らなかったアイヌ文化にふれ、当時の暮らしが垣間見えた気がした約1時間30分。詳しく丁寧に、時に面白くアイヌについて紹介してくれた瀧口さんのおかげで、あっという間にツアーは終わりを迎えました。

ゴールにある看板は瀧口さんのお父様が製作したもの。フクロウをよくモチーフにしていたのだとか

もっとアイヌを知ってほしい

「ぜひお店に遊びに来てください」
瀧口さんのお言葉に甘えて一行は「イチンゲの店」にお邪魔しました。実は瀧口さんのお母様と奥様もアーティストで、ユニークな作品を数多く生み出しています。店内にはキーホルダーや食器、アクセサリーなど数えきれないほどの商品とともに、瀧口さんの思い出の品々が所狭しと飾られていました。

取材班はキーホルダーと茶さじを購入

鞄のイラストが奥様作

 

ガイドツアーの案内役を務めるにあたり、約2年間かけてアイヌ文化の書籍や資料を読み込んで準備したと話す瀧口さん。阿寒出身とはいえ、知らないアイヌ文化が数多くあり、準備期間は苦労の連続だったといいます。店内にある作業スペースのすぐそばに、分厚いファイルが何冊も置いてあったのが印象的でした。


今回参加したガイドツアーは3月まで実施しており、冬季はスノーシューを履いて同じコースを散策します。森の木々の葉が落ち、その隙間から全面結氷した阿寒湖が望めるとあって、また違った雰囲気を味わえるはずです。

近年アイヌ文化が少しずつ世の中に知られ、注目を集めていますが「まだまだ奥深い文化です。正しく、広く、伝えていきたいですね」と瀧口さん。「Anytime, Ainutime!」を合言葉に、より多くの人にアイヌ文化が伝わることを願います。

※ツアーの申し込みは「Anytime, Ainutime!」公式ウェブサイトより

 

Gear8

WRITER

Gear8
ウェブディレクションチームとして札幌を中心に活動している会社で、2019年秋に10周年を迎えました。 お客様のウェブサイトリニューアルに関わる企画・設計、デザイン、マークアップ、プログラミング、運用支援を含めてワンストップでサポートしています。 その中でクライアントが伝えるべきことの本質を引き出し、伝えたい人たちに一番伝わる方法で表現することにこだわっています。