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長野のミニシアターを旅する

Cultural column into Nagano

あなたの住む街に、映画館はありますか?それはどんな映画館ですか?
少し前まで、街には大小さまざまな映画館があり、バリエーションに富んだ作品が上映されていました。
映画館の前には、近日公開作品のポスターやフライヤー。わくわくしながらそれを見た経験はありませんか?
映画館は、別世界を体験する場所。扉の向こうには、初めての景色、言葉、音楽...。
そこで過ごす2時間ほどの時間は、ちょっとした旅だと思うのです。

そんな、旅の玄関口だった街の小さな映画館は、時代の流れとともに数少なくなってしまいました。
今回は、存続の危機に遭いながらも街の人たちに親しまれ、一つのスクリーンを守り続けてきた長野県の2つの映画館を訪ねました。

映画のまち・上田のシンボル
「上田映劇」

まず初めに訪れたのは、大河ドラマ『真田丸』で有名になった真田家ゆかりの城下町、上田。駅から徒歩15分ほどの商店街の路地裏に1917年(大正6年)創業の「上田映劇」があります。

2013年に公開された大泉洋主演の『青天の霹靂』の撮影が行われた上田映劇。昭和40年代の浅草の雰囲気を忠実に再現したセットが今も残されている

圧倒的な建物の魅力

そこだけ、時が止まっているかのような雰囲気の上田映劇。館内に入って、まず驚いたのは、スクリーンの近さです。席数を聞いてみると意外と多く、1階だけで189席ありますが、スクリーンが圧倒的に近いせいか、劇場空間がぎゅっと凝縮されている印象。そして、レトロなエンジ色の椅子に腰掛けて天井を見上げると…その装飾の細かさに、何度も目を凝らしました。

創業時そのままの姿を残すホールの天井

「この天井は、格天井と言って、関東大震災で焼けてしまう前の帝国劇場と同じつくりで、日本でこんな天井がある映画館はここだけです。所々、雨漏りもしているんですが、開館以来102年間ずっと残っています。」

そう教えてくれたのは、2017年から上田映劇の支配人を勤める長岡俊平さん。東京の大学で映画制作の勉強を積んだ後、故郷のシンボルである映画館を守ろうと、上田に帰ってきました。

生まれ変わった上田映劇

長岡さんが上田に帰ってきたとき、上田映劇は瀕死状態にありました。そもそも、映劇は個人所有の映画館。時代の流れとともに集客が落ち込み、近所にシネコンができたことが決定打となって、2011年春からは定期上映を終了。

つまりは、閉館?と思いがちですが、その息の根が絶えた訳ではありません。その後も、イベント上映や、音楽イベントなどの貸館営業が続けられ、この場所に存在し続けました。

そして、2016年にはそんな上田映劇を映画館として復活させ、次世代に残していこうという有志が集まり、「上田映劇再起動準備会(のちにNPO法人上田映劇)」が結成されます。16名の理事が各得意分野を生かしながら、2017年春には開館100周年を記念し、定期上映を再開するに至りました。長岡さんはその若き支配人として抜擢されたという訳です。

上田映劇をみんなの“自分の映画館”に。

取材当日は、上田出身の映画監督であり、映劇の理事の一人でもある鶴岡慧子さんの新作『まく子』が上映されていました。そのほかにも、日本映画からアジアやヨーロッパ映画まで、シネコンでは観られないジャンルや監督の作品がラインナップされています。上映作品のセレクトにはどんな想いが込められているのでしょうか?

「常に“映劇らしさ”は何かを考えながら、自信を持って価値を伝えられる映画を選んでいます。番組編成は理事の一人の原悟さんがメインで担当していますが、中には私や他のスタッフが選んだ作品あります。自分が観たいという気持ちはもちろん、映劇に来るお客さんのお顔を思い浮かべ、“一緒に観たいな、あの人とこの映画の話をしたいな”と思える作品を選んでいます」

上田映劇支配人の長岡俊平さん。劇場を守り、素晴らしい映画館であることを発信することに力を注いでいきたいと熱意を語る

「私は今、映劇を“自分の映画館”と思っていますが、そういう気持ちを、映劇に足を運ぶ皆さんに持って欲しいなと。お客さんがまた帰ってきたくなる場所にするにはどうしたらいいか、と考える日々です」

“自分の映画館”化のために始めた、シートオーナー制。1万円で映画館のシートに名前を刻んだプレートが貼れるほか、年間2万円で映画見放題の年間パスポートを購入できる

建物を維持することも重要な課題。“上田映劇ボランティア部”の部員を募ったところ、温かな手が挙がり、毎朝の清掃や、ジャーナルの仕分け配達のほか、年末の大掃除には老若男女21名の方が手伝ってくれたと言います。

「映劇が地域の皆様に支えらていることに感謝し、その人たちのためにも、この場所を守っていきたいです。50年後、自分がおじいさんになった時に、孫と一緒にここで映画を観られたら最高ですね」

毎月定期的に発行している『上田ジャーナル』。地域の劇場や書店の方などにも寄稿してもらい、演劇や美術、本や文化、食にまつわる情報も掲載。市内外のカフェや公民館などに配布している

閉館の危機を乗り越え、102年の時を経て、たくさんの人たちの笑いや涙を包んできた上田映劇。上映中も、その後も、とても温かい気持ちになったのは、ここを愛する人々の想いの温かさが伝わってきたせいだと思いました。

またここで映画を観たい、そう思える上田映劇に、ぜひ足を運んでみてください。

コアな映画ファンを惹きつける
「東座」とフロムイースト上映会

次に訪れたのは、北アルプスの山並みと田園風景が美しい塩尻市。創業以来97年の歴史を刻む東座(あずまざ)は、洋画を中心に、芸術性の高い映画が上映されていることで知られています。とりわけユニークなのが、毎月行われている“フロムイースト上映会”。それは一体どんな上映会なのでしょうか?

1922年に創業した芝居小屋に端を発する東座。外国映画のポスターと並んでピンク映画のポスターが貼られているところもどこかノスタルジック

きっかけは、テレビ番組

月曜日の朝にも関わらず、ロビーには既に数十名のお客さん。映画や俳優について語る会話が聴こえてきました。
午前10時。フロムイースト上映会は、館長の合木こずえさんの挨拶から始まりました。

東座館長で映画コラムニストの合木こずえさん。毎回上映前には簡単な作品解説を行っている

幼い頃から俳優に憧れ、大学では演劇を学んだというこずえさん。テレビ関係の会社に就職し、昼夜を問わずで働いた後、35歳のときに骨休めのために故郷に戻ってきました。

「塩尻に帰ってきたとき、商店街には誰もいなくて、銀行に寄ったら皆ジャージ姿で素足にサンダルを履いているのを見て、ゾッとしちゃって

少し休んだら東京へ戻ろうと思っていたこずえさんですが、成り行きで映画館を手伝うようになり、一つの想いが芽生えました。

「うちの映画館を小ぎれいにして、おしゃれな外国映画をやれば、町の人は少しおしゃれして口紅を引いてきてくれるかなぁって」

東京オリンピック(1964)の頃の塩尻東座(出典/広報塩尻)

 折しも、こずえさんが帰ってきた年の翌年(1996年)は、日本映画の生誕100周年。こずえさんに思いがけない転機が訪れました。

「東京で懇意にしていたプロダクションから、映画100年にちなんで、私に密着するドキュメンタリー番組を作りたいとオファーを受け、せっかくなら、私が観たい作品の自主上映会をやろうということになって。それがフロムイースト上映会です」

集客力の弱い洋画の上映を好まないお父さんからは反対されましたが、貸館料を払う事で実現した上映会。こずえさんは集客のために、日夜営業努力を続け、24年目を迎える今なお、一個人として自分の映画館に貸館料を払いながら上映会を続けていると言います。こずえさんのそれほどの情熱は、どこから生まれているのでしょうか?

映画から学びたい

8年前にお父さんが他界してからは、フロムイースト上映会だけでなく、全ての上映作品を決めているこずえさん。どうやらその作品選びに、問いの答えが隠されていそうです。

「フロムイースト上映会については、私が試写室で観て感動した映画です。難解な映画も多いです。見終わった後に哲学するのが好きで。シーンを思い浮かべながら、あの時彼女の心境はどんなだったのかと考える事によって、自分を知り、新しいものを吸収できるんですよね。映画に学びたいんです。ただの娯楽で終わらせるんじゃなくて。」

 

一方で、秀作上映用には、常連のお客さんの顔を思い浮かべ、お客さんを喜せるための映画を選んでいると言います。

こずえさんにとって映画は、ビジネス以前に、人生に学びと感動をもたらしてくれる価値のあるもの。そして、お客さんに映画を通して発見や喜びを提供する場が東座だったのです。

東座館内。中央の赤いシートは、将来の改修のためにお父さんが購入してあったもので、先日10年越しに願いが叶い、一列だけ張り替えられた

必要とされる以上は続けたい

東座のもう一つの特徴は、長野県で唯一成人映画を上映する二号館があること。時代の流れに淘汰されることなく、成人映画の上映を続けているのはなぜなのでしょうか?

「それは、需要があるからです。もともと、父が家計を支えるために始めたのですが、長年、それを生きがいに通っている常連さんがいるので、必要な人がいる限りは、続けようと思っています。経済的にもちゃんと支えてもらっていますし。」

一人で運営していた頃には、様々な苦労と葛藤があったと振り返りつつ、妹さんを始め、スタッフの協力で続けられている現状に感謝する姿が、こずえさんをさらに魅力的にみせていました。

文化と文化をつなぐために

もうひとつ、わたしが引かれたのが、このマップ。映画の後で、お客さんにもっと楽しんでもえるようにとこずえさんが自主制作したマップで、飲食店を中心にこずえさんが自信を持っておすすめするお店を掲載しているそうです。

東座フレンドショップのマップ。「東座の紹介で来た」と伝えると、何らかのサービスが受けられる

フレンチのお店に映画とコラボしたメニューを作ってもらった時には、お客さんから大好評で、シェフが悲鳴をあげるほどだったというエピソードも。

「東座の利益にはならなくても、そうやって文化と文化がつながれば、素晴らしいですよね。お金よりも、一人一人のお客さんの笑顔が私にとっての財産です。」

言葉を丁寧に選んで自らの想いを語ってくれたこずえさん。映画館のみならず、塩尻の街と文化を支えていきたいという大きな愛情が伝わってきました。

東座からの帰り道、マップに載っていたパン屋さんに立ち寄ったわたし。店員さん一押しの牛乳パンを買い、おまけにラスクをつけてもらったら、見知らぬ町が一気に近くなった気がしました。

映画と食、笑顔と笑顔がつながる旅。ぜひ一度体験してみてはいかがでしょう。

and craft ことのは

WRITER

and craft ことのは
東京都日野市生まれ。出版社、編集プロダクション勤務などを経て、編集者・ライターに。好きなことは、散歩、キャッチボール、ハーブティー、読書と映画。2011年に長野へ移住。いつか、自分のハーブ園を作りたい。